父が死んだ話

2018年7月10日ポジティブ日記

※親族の死について書いております。ご注意下さい。

 

 

『もしもし。おばあちゃんです。突然お電話して、ごめんね。実は・・・実はね。パパが・・・・・・マッキンちゃんのパパが、亡くなりました』

 

「え?????????????」

 

 

国際通りのパレット広場前で仕事してた時のこと。

 

イベントでいつも以上に人でごった返しているパレット久茂地前の交差点で、祖母から突然告げられた父死去連絡(留守電)に絶叫。

 

パレット久茂地前

 

超曇天である。

 

 

『びっくりさせてごめんね。言うの迷ったんだけど・・・マッキンちゃんには伝えておかなきゃと思って。連絡、待ってます』

 

 

聞き間違いかもしれないと思ってもう一度、留守電を再生してみたけど、やっぱり祖母が震えた声で「パパが亡くなりました」って言ってる。

 

 

 

 

父が死んだらしい。

 

物心つく前から母子家庭だったので、父との関わりはあまり、というかほぼなくて、離婚後唯一父と会ったのは幼稚園?の頃に1回だけで(全然覚えてない)、今まで誕生日プレゼントやお金を貰ったこともないし、大学進学前に「そろそろお金(学費)ください」旨記した手紙をこちらからお送りした際には「手紙ありがとう、でもお金なくて学費はあげれません。そういえば再婚して子どもがいます」などというふざけ倒した電話が一度来たきりである。もちろん父に対する思い入れは何もないし、今のところ大阪在住のクソ父ちゃんという情報しかない。

 

ので死んだと聞いた瞬間は 2016 年でベスト3くらいの衝撃を受けたけど、悲しい気持ちは一切無かったです。

 

父が死んだことで今まで考えもしなかった父の存在を突然突きつけられて本当に不思議な気持ちになったなー。

 

胸がざわざわしながらも「父が死んだらしいけど、一緒に葬儀行く?」と母にLINEしたら、ソッコーで返事きた。

 

 

_人人人人人人人人人人人_
> お母さんは無理です <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄

 

お母さんは無理、ですよねー

 

 

だめだ、邪念がやばい、お葬式イベントを無事クリアできるかめちゃくちゃ不安になってきた。

 

 

『え!学費もらえなかったの?一銭も!?もう父は死んだことにしよう・・・・・・』

 

 

かつて、母がため息をつきながら呟いた父に対する言葉と、亡き父の顔(わからん)を交互に思い返しながら、その日は早めに仕事を切り上げて帰宅した。

 

 

 

 

 

父死去の電話を受けた翌日

 

無事、会社を休むことができたので、さっそく神戸空港に降り立つワイ。

 

 

この時お昼の1時くらい。

 

葬儀まで時間はあったけど神戸観光する気にもなれず、即大阪へ。宿泊先の心斎橋あたりでテキトーに時間を潰した後、父の眠る地へ向かいました。

 

道中、電車から見える夕焼けがひどく綺麗で笑った。

 

 

めちゃくちゃ綺麗。

 

そんな超ファビュラスな夕焼けを眺めながら「マッキンちゃんのことお迎えに行くから、駅まで来て欲しい」というばあちゃんの言葉をぼんやりと思い返していたらヤバいことに気づいた。

 

 

ば あ ち ゃ ん の 顔 知 ら ね え

 

そう!

ばあちゃんの顔!!

知〜〜ら〜〜ね〜〜え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!

 

最後にばあちゃん会ったのは自分が1歳前後のときだったし覚えているわけがないし、そうこうしているうちに駅に着いちゃうしで真剣に焦った。冷静に合流できなくない・・・?終わった。

 

って絶望してたけど、駅出たら普通にばあちゃんと合流できました(お互い喪服だったのですぐわかった)。会うの1歳ぶりでもなんとかなるもんなんだね。これ、豆です。

 

 

祖母「マッキンちゃん!遠いところから来てくれて本当にありがとう」

 

マッキン「ばあちゃんこそ、迎えに来てくれてありがとう。あー・・・久しぶり、です・・・ね

 

もはや初めましての勢いだけど、口から出てきた言葉は「久しぶり」でした。恥ずすぎてばあちゃんの車に急いで乗った。

 

祖母「・・・パパねぇ、マッキンちゃんのパパねぇ、ほんとこの前まで元気だったの。元気だったんだけどね。突然・・・」

 

 

 

 

父、享年50。

 

土方作業員をしていたらしい父は家にいることは少なく、たまに帰ってきたと思えば母親から金を貰い、酒と煙草が原因で倒れてそのまま息を引き取った模様。

 

話聞く限りでは「とんだ親不孝者やないかい」としか思えなかったけど、可愛い息子だったと泣きながら運転するばあちゃんの姿につられて泣きそうになった。だめだ〜〜〜感情移入しがちだからすぐ涙とか出ちゃうんだよな〜〜〜〜〜〜

 

もらい泣きをこらえて15分後、葬儀場へ到着。

 

人のお葬式はじいちゃん以来だし(ただし物心つく前だったので記憶は皆無)、ましてや親?の葬儀は初体験そのものだったので何をすればいいか全くわからない状態&精神的な意味での身内がゼロの中ちゃんと葬儀こなせるか不安すぎて真剣に帰りたくなった。

 

深呼吸しながら、とにかく、神妙な面持ちを保つことだけを意識して父の遺体が待つホールに入ったんだけど

 

 

(人間の死体〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!)

 

 

初めて見る生のご遺体に頭がクラクラした。遠くからでも「あ、これしんだ人や」とわかるし普通に怖かった。遺体の奥に遺影が見えたのだけど、いつか写真で見た事のある父の顔だった。ここに着くまで全く実感が無かったけど、本当に父が死んだらしい。

 

 

祖母「奥の部屋が控え室になっていて、パパの奥さんと、子どもと、マッキンちゃんの叔父さんがいるからね」

 

マッキン「わかった。・・・・・・あっ。ちょっと待ってばあちゃん、トイレ行ってくるから。先に行ってて」

 

祖母「そう、じゃあ先に行ってるからね」

 

 

 

 

あー・・・・・・。忘れてた。父、再婚してたや、台湾人と。

 

 

(・・・え?大丈夫?殺されない?ワシ殺されない?前妻の子どもが葬儀にのこのこやってくる・・・なんかよくわからないけど殺されそうだね)

 

 

葬儀場のトイレで簡単な遺書をメモしようか真剣に悩んだ22の夜。

 

荒ぶる心の臓あたりを撫でながら、この後の展開を何パターンもシミュレーションした後「あーもう死んでもいいや。どうせ仕事辛いし」という結論に至って、意を決してご遺族の待つ部屋へ向かったのであった。

 

 

 

いよいよ遺族とご対面

 

叔父「マッキンさん!駆けつけてくれて本当にありがとうございます。お久しぶりですね・・・大きくなったね・・・!

 

 

も〜〜〜〜〜〜〜〜、会うの1歳ぶりなんだから「初めまして」でよくない???

 

 

マッキン「(・・・・・・って叔父さんも思ってるだろうな〜思ってないかな〜)あの、はい、お久しぶりです」

 

 

会うの20年以上振りなんだからそりゃ大きくなるよ〜〜〜と言いそうになるのを抑えてたら、叔父さんの後ろからモンゴル人風の女性がスッと出て来て「マッキンサン?ハジメマシテ!俊夫(父仮名)ノ、妻デス」って言うもんだからびっくりしすぎて死ぬかと思った。例の再婚相手だ。

 

 

台湾人妻「遠イトコロ カラ 来テクレテ ホント アリガト」

 

マッキン「こんにちは、初めまして。マッキンと申します(待ってーーーーーーー鬼カタコトやんけーーーーーーー)」

 

 

注意深く耳をすまさないと最後まで聞き取れないくらいカタコトだけど、思ってたよりも優しそうな雰囲気があったので殺される心配はなさそうで心底ホッとした。

 

 

台湾人妻「マッキンサン・・・・・・大キイネ?アッ、息子ノ悠馬ト、2歳ノ娘デス」

 

息子「こんにちは!マッキン・・・」

 

台湾人妻「違ウデショ。『オネエチャン』デショ!」

 

息子「お姉ちゃん!」

 

マッキン「こここここここんにちは。マッキンです。優馬くん、日本語上手だね」

 

息子「えへへ」

 

マッキン「えへへ」

 

 

待て、落ち着け。

 

お姉ちゃんと呼ばれた。今まで一人っ子だと信じて生きてきたマッキン氏(22)、初めて会った男児にお姉ちゃんと呼ばれた。

 

ていうか、さっきからなんなんだ・・・?ほぼ初めて会った人に「久しぶり」「大きくなったね」「お姉ちゃん」と呼ばれるの、おかしくない?並行世界?並行世界なの?というかいや待てその前に娘?2歳になる娘?娘も、いたのか?子ども一人・・・一人じゃなかっ・・・えっ・・・えっ・・・?

 

 

葬儀スタッフ「失礼致します。ホールの方で納棺をしますので、準備が出来ましたらお集まり下さい」

 

叔父「じゃあそろそろ行きましょうか・・・」

 

祖母「そうだね。マッキンちゃん、大丈夫?」

 

マッキン「(待って全然準備出来てな)はい、行きましょう」

 

 

ああああああ。状況を何一つ飲み込めてないし全然大丈夫じゃないけど、これが終わったら大阪で美味しいものをたらふく食べてすみやかに沖縄へ帰ることを目標に、父の遺体が待つホールへ移動した。

 

 

 

 

 

始まる通夜。全員初見の遺族たち

 

ほぼ初めてのお葬式で、初めての納棺。

 

スタッフさんがご遺体を棺へ入れて、体の位置をざっと整えると「それでは皆様の手で俊夫様の手をお包みください」とうながされて動揺しながらも父の手に自分の手を添えた。

 

ドラマや漫画でよく見る、死人に触って「冷たくなってる」とかいう誰しもが見たことのあるあのシーンを思い出した。冷たっ。冷え性の人の手の冷たい感じとは全く違う、無機質な冷たさにちょっとびびった。これが遺体か・・・・・・と思ってたら、遺体の周りを囲むように保冷剤がびっしり詰まっているのが目に入った。

 

「なんでパパの体に、冷たいの(保冷剤)当ててるの・・・?パパ冷たくて可哀想だよう」とオロオロする息子に、「冷やさないと腐っちゃうでしょ〜」と言うばあちゃんは普通に超鬼畜だった。(後で知ったんですけど葬式では割と耳にする表現なんですね?!プルプル)

 

父の手に遺族の温もりを与えた後は、故人が生前好んでいた物(洋服や雑貨など)を棺に詰めるんですけど、祖母が「これ、俊夫が一番好きだった服なの・・・」とショッキングピンク色と蛍光黄緑色の総柄ナイロン生地Tシャツを取り出した時はさすがに「マジで?!!」と言いそうになったし本当にびっくりした。ヤンキーかよ

 

台湾人妻「私ハ、コレヲ・・・」

 

妻が棺に入れたのは、写真1枚だけ。娘を出産した直後の写真で、娘を抱き抱えた妻と息子、そして父が写っていた。みんなこれ以上の幸せはないってくらいの笑顔だった。

 

 

『マッキンが産まれた時、ちょうど父は遊び呆けてたよ。お母さん一人で産んだ』

 

『嘘でしょ!すげえよお母さん・・・』

 

 

いつぞやの母との会話を思い出してしまい、なんとも言えない感情が込み上げてきて喉の奥が痛くなった。

 

台湾人妻「コノ写真見テ。俊夫、トッテモ良イ顔シテル。・・・・・・俊夫ハ、ズットマッキンサンノ事、スマナイト思ッテイル、ト後悔シテイタ。ズットマッキンサンノ事ヲ、思ッテイタ。俊夫ハ、俊夫ハ・・・」

 

台湾人妻が、涙をポロポロさせながら、亡き夫への想いを私へぶつける。つられて泣きそうになったけど、だいぶ序盤からカタコトに拍車がかかっていたので話の9割は聞き取れなかった。これが5分続いた。冗談抜きで聞き取れなさすぎて嘘だろと思った。

 

(待って・・・全然聞き取れん。単語すら聞き取れん。どうしよう。何言ってるか本当に分からなすぎる)

 

めちゃくちゃ冷や汗かきながら、平静を装って、でも下手な相槌は出来ないので「ええ・・・」「そうですね・・・」「そうですよね・・・」この3つをローテーションして乗り切った。

 

で、台湾人妻が落ち着いた後、棺の蓋を閉めて一通り納棺が終了。「なんで閉めちゃうの・・・」と不安がる息子をなだめつつ、だいぶ気が晴れたのか台湾人妻はお茶目な顔で「残サレタ家族、大変」と私に耳打ちし、まだ事が分からずにキャッキャ走りまくる2歳の娘を追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 

お葬式って、初めて知ったんですけど、遺族は祭壇に向かって右側に座るんですね。

 

祖母「マッキンちゃんも隣に座りなよ」

 

遺族側の席の最前列に座る祖母と叔父と妻と子ども達の隣に座らされそうになったけど、秒速で断って2列目に座った。最前列はさすがに気まずいし、本当は遺族側じゃなくて普通に一番後ろに座りたかったなぁ

 

そんな感じで終始いろんな意味でドキドキしながらも、通夜自体はお坊さんが遅刻したこと以外は特に問題なく進み、最後に祖母達が参列者一人一人に挨拶しているのを神妙な面持ちで遠くから眺めつつ、無事終了。

 

遺族の待合室に戻り身支度をしてさて帰ろうと思ったら「マッキンちゃん!お腹すいたでしょ。お寿司食べて」と祖母にすすめられ、断るに断れなくて、

 

 

この席順で座って寿司食べた。すごい。気まずさがすごくすごい。寿司の味が全然しなかった。

 

 

まぁでも向こうもかなり気を使っているのか「仕事はどう?楽しい?」「まだ沖縄は暑いの?」などと当たり障りのない会話を振ってくれたので逆に助かった。

 

でも「今日はどこに泊まるの?おばあちゃん家泊まったらどう?」と聞かれた時は「アッーーーーーーー!あの!ほ、ほほほホテル!ホテルを!予約してある!から!荷物!ホテルにある!から!ダイジョウブ!ウン!」とIQ5くらいの返答をしてしまった。さすがに嫁いだ妻とその子どもと一つ屋根の下で一夜過ごすのは気まずさがすごすぎて無理すぎる

 

そんな感じで1日目が終了。

 

逃げるようにホテルへ帰り、明日の告別式でもだいぶ気を使うんだろうなあ、と不安に思いながら倒れるように寝た。

 

 

 

 

 

おまえは知らない人の遺影を持って歩いた事があるか?

 

翌朝。

 

ホテル特有のモワッとしたカビのにおいに包まれての起床。自宅だと思って目覚めたので、一瞬、見知らぬ天井が広がっていたのでびっくりした。

 

(は〜〜〜そういえばここ大阪でしたね・・・でしたでした・・・)

 

目覚めが最悪すぎた。

 

無心で準備し、黒いスーツを身にまとって再び葬儀場へ凸。ばあちゃんの「駅まで迎えに行くよ!」という声を押し切って、タクシーで式場へ向かった。さすがに2日連続で迎えに来てもらうのは申し訳なかった。

 

道が空いていたので秒で葬儀場へ到着し、昨日と同じ遺族側の前から2列目の席に着席。

 

 

祖母「マッキンちゃん、昨日はよく眠れた?」

 

マッキン「うん、大丈夫。わりと眠れたよ」

 

台湾妻「私ハ、アンマリ、眠レナカッタ」

 

マッキン「でででですよね。ははは・・・・・・」

 

 

この日もE判定の返答で周囲をざわつかせながらも、少ない参列者と6人の身内での少人数告別式がスタート。また長い戦いが始まった・・・・・・と思って身構えてたんですけど、特に何も問題なく、淡々と、気が付いたら告別式が終わってた。ちなみにお坊さんは今日は定刻通りにきてました。

 

(結構あっさり終わったな。けどやっと終わった感がすごい。帰ろう。帰るしかない。お疲れ自分)

 

 

 

全てが順調に済んだ告別式、だったんですけど、おもむろにばあちゃんが私のそばへ来て、

 

 

 

 

 

 

えっ?

 

いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや

 

えっ?

 

 

 

 

えっ・・・・・・?

 

 

 

 

マッキン「ば、ばあちゃんが持つんじゃないの?」

 

祖母「ばあちゃんは骨壷だから、マッキンちゃんが持つの」

 

マッキン「た、台湾人妻さんは・・・?」

 

祖母「妻さんは位牌を持つから」

 

マッキン「叔父さ」

 

祖母「いいから持って」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

父とはいえ、つい先日まで存在すら考えもしなかった父の遺影。実質他人でしかない。

 

 

おまえ、知らない人の遺影持って歩いた事あるか?

 

 

 

 

知らない人の遺影、持って、歩いた事、あるか?

 

 

 

 

 

 

 

 

秒で友人各位に共有したら、やっぱり誰も持った事ないみたい。あと全員不謹慎すぎる。

 

一応、母にも報告したんですけど

 

 

プラカード持ちみたいなノリで遺影持ちさせられたと認識してやがる。

 

ちなみに、遺影を持った事が衝撃的すぎて、その後の火葬場での出来事が夢の中のようなふわふわした記憶しかない。結局、全ての日程が終了した翌日に沖縄へ帰りました。言わずもがな大阪で美味しい食べ物は食べてない。喉通らなかった。泣いた。

 

 

 

 

 

父が死んで1年、今思うこと

 

あれから1年。

 

葬式、ものすごく気疲れをしたのと、遺影を持った事が今でも鮮明に残ってる。葬式後数週間くらいは、向こうの家族と何度かやりとりをしつつ父が遺族へ残した借金の相続を放棄する手続きをしたりでなんやかんや忙しかったです。

 

ちなみに以上の話には実在する人物がおりますゆえ若干のフェイクを入れてますが話の流れ自体は事実です。マジで遺影は持った。

 

 

 

で、先日母と飲みに行く機会がありまして、その時に初めて父のことを話してくれたんですけど、今まで母の口から父の話を一切聞いた事がなかったのでそれがものすごく新鮮だった。

 

なんで話さなかったのか聞いたら、一応娘と血の繋がっている唯一の父へ変な先入観を持たせないようにするのと、あと余計な心配をかけさせないように気を使っていたらしい。

 

 

母「けどもう父死んだから、いいよね!」

 

マッキン「いいよ全然。死人に口なし」

 

 

あんたの父はとっても優しかったんだよ。釣った魚には餌はやらないタイプの人間だったんだけどね、という前置きをして昔話を始める母。

 

語らずとも雰囲気で「父は相当クソだったんだろうな〜」と認識してたワイですら笑ってしまうくらい、クソエピソードが出るわ出るわ。

 

 

マッキン「はー。すごいね。離婚をよく決断してくださった。そして一人で育てるの本当にすごい。ワイ将来子供ができたとしても育てれる気がしない全く」

 

母「だよね知ってた!絶対育てられない!」

 

マッキン「おい、『大丈夫だよ』とか『心配いらない』とか言うやろ普通は」

 

母「お母さんが代わりに育てる未来が見える」

 

マッキン「それは否めないけども・・・」

 

母「でもあんたを育てたときは少し厳しくしすぎたから、孫は超甘やかして手のかかる子にしようね」

 

マッキン「いやなんでだよそこは厳しくしてよ」

 

 

母と談笑しながら思い出したんですけど、やっぱり母の教育は厳しかったよな!?と思って安心した(?)。真正のアホすぎて言われるまで確信が持てなかったけど、確かにあの時のあれは・・・と思い当たる節がいくつも出てきた。24年目で伏線回収した。

 

父親代わりと言ったら変だけど、気合いを入れて(?)教育したみたいで、普通に厳しかったけど普通に優しかったです。

 

 

母子家庭、大人になった今だから言えるけど、マッキン氏が義務教育を受けていた時代は、他人からだいぶ腫れ物に触るような過度な気遣いをされたりしてそれがマジでしんどかった。

 

自分の場合は幼少期から父がいなくて当たり前だったので「母子家庭ダメなの?!」とモヤモヤする事が多かったし、「一人っ子は◯◯だよね〜」と面と向かってシンプルに文句を言われた事も多々あったんですけどその度に殺すぞという言葉を飲み込みながらヘラヘラしてたのが懐かしい。

 

今でこそ以前よりは母子・父子家庭がわりと普通な時代になってきているのかもしれないんですけど、まだそういうしがらみの中で生きづらさを感じている子どもが絶対にいると思う。そんな子たちに私は声を大にして言いたい、クソみたいなことを言うやつと無理して付き合わずに一人の人間として接してくれる優しい人間と付き合っていけばいいと思うよ〜〜!ただし鬼甘やかされて育った世間知らずな一人っ子についてはノーコメント

 

 

というわけで、父が死んで良かったなんて事は思わないですけど、父が死んだ事で改めて自らの家庭について無理やり(?)考えさせられたし母との距離が以前よりも縮まった気がするのでその点はすごくよかったと思います。

 

なんとなくタブーとされていた父の話を気兼ねなくできるようになったしな!

 

そして今後どうあがいても母には一生感謝してもしきれない。育ててくれて本当にありがとう。一人で食べて生きていけるくらいには成長できました。そんなマッキン氏は今現在、東京で18禁のエロ漫画を描くなどしてます。すみません。

 

終わり